「コフート入門」読書会
第8章 ハインツ・コフートの精神分析的自己心理学の展開
第3期 ナルシズム論の台頭ー新しい展望の開示
太田 裕一
■鏡転移への逆転移
症例 F嬢、25歳(「自己の分析」)
■主訴
仕事は積極的、社交関係、恋愛関係もあったが、孤立して、誰とも親密でないと感じていた。結婚も拒否。唐突な気分変動があることがわかってくる。
■診断 自己愛人格障害
■生育暦
母親がF嬢が幼少期に抑鬱をわずらい、F嬢によりも抑鬱的な自分に関心を向けがち。3歳年上の兄がF嬢をサディスティックに扱い、自分に関心が向かうように仕向ける。
■力動
自分を他の誰よりもすぐれたもであるという不安を伴う興奮、高揚状態(誇大自己が自我にとって変わる)と、情緒の消耗、無感動、無活動状態(誇大自己を防御して自我が衰弱状態になってしまう)
非共感的な母親によってF嬢のアサーティブな部分が映し返されていない。さらに兄がこれを強化。このため誇大自己の収縮が行われていない。
■治療経過
対人関係についての洞察を語る。うまくいっている自己分析。
Thが関心を持って聞けない。
→自己分析が長すぎる。
コミュニケーションがThに向けられていると思えない。
解釈が正しいかどうかF嬢と議論になる。Thはこれを抵抗と考えた。
F嬢は自分のコミニュケーションに対して特異な反応を要求している。
F嬢はThの沈黙に激怒。
彼女の発言をまとめたり、反復すると怒りは収まる。Thが解釈を加えると、攻撃と受け止めてまた怒り出す。
鏡転移の形成。誇大自己を映し返してくれる役割が治療者に割り振られていることへの気づき。
強烈な自己顕示欲求が、自分の価値を認められるような感覚、自分の活動の喜びへと変わっていく。
ダンス、パフォーマンスに興味を持ち、自己顕示欲求のバッファにする。
逆転移の克服。Thは「治療者への怒りは、幼児期に体験した抑うつ的な母親との混同が引きおこしている」と解釈する。
過去の記憶の想起。
小学校から帰ってきても、母親は顔を輝かせない。学校のことを話すと、耳を傾けているようだが、いつのまにか自分のことに話をずらしてしまう。F嬢は力がなくなり、からっぽのように感じた。
長い徹底操作を経て、自己対象機能を果たしてくれなかった母親への怒りが意識化された。
自己愛人格障害の治療においては、誇大自己が賦活される必要がある。狭義の鏡転移が起こる場合、治療者は患者の幼児的自己愛を映し返すという非人格的な役割を要求される。
治療者が自己愛の問題を解決していないと、このような役割を要求されることに我慢がならなくなり、退屈したり、共感を持って聞けなかったりして治療的賦活を妨害する。
双子転移や融合転移で誇大自己が賦活されると、分析家は個別の存在であることを患者に認めてもらえなくなり、退屈し、情緒的に関わることができなくなってしまう。
修正情動体験(Alexander & French 1946)ではないのか?
欲求の充足にではなく、禁欲規制を守った中での洞察に焦点が置かれる。
■理想化転移に対する逆転移
症例 L嬢(「自己の分析」 p.234-235)
コフートの同僚に対するコンサルテーション。
分析が行き詰まる。情緒の薄さ、乱交、意味ある関係を結べない。児童期に深刻なトラウマ。
夢「霊感を受けた理想主義的な神父の姿を含んでいた」Thは解釈せず。
この夢の後、Thは「自分はカトリックではありません」とL嬢に告げたことを思い出す。Thは患者の現実把握が希薄であるため、最小限の現実を知る必要があったと正当化。
L嬢には拒絶として受け止められる。理想化を引き受けないという過去の外傷体験の繰り返し。