ニーチェの病跡―ある哲学者の生涯と旅・その詩と真実/小林真
物語や映画の中で描かれる狂気のありようというのは、現実とはだいぶずれのあるものです。村上春樹の「ノルウェイの森」で描かれる精神病院なんかは多分昔の結核病棟みたいな何だかきれいなイメージで実際病院に勤務していたものからすると違和感があります。
本書はニーチェの哲学的省察と精神病理を結びつけた論文のレジュメとなっています。「ツァトゥストラかく語りき」が精神病的な症状の一部として生み出されたのか、そうでないのかなんて議論は今となってはどうでもいいのですが、この本の価値はニーチェがイエナ大学病院に入院したときの記録が記録されていることです。このときの主治医は現存在分析で有名なルートビヒ・ビンスヴァンガーのおじであるオットー・ビンスヴァンガーでした。
ニーチェの精神病的症状というのも哲学者・元大学教授というフィルターを通じてなんだかロマンチックにされて脳内保存されている人も多いのではないでしょうか。この記録には、ニーチェの脳梅毒による精神症状が生々しく記載されています。
後はワグナーの妻、コジマは俺の嫁、って妄想も記録されています。
1889年イエーナ大学病院に入院。2月3日糞便糊塗あり。2月23日ヴィルヘルム4世と名乗る。4月18日糞便を食べる。6月14日、看護長をビスマルクと思う。7月2日、コップに放尿。7月18日尿を頭に塗る。8月10日夜尿。9月10日尿を飲む。
著者の小林先生の経歴は面白くて、北大で精神科医になった後、独文科に入り直して大学の教員となり、パートで精神科医は続けていたようです。作家の加賀乙彦氏の序文には、登山を趣味とする著者の遭難からの奇跡の生還とか面白いエピソードも書かれています。
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