複雑な世界・記憶の迷宮 「目撃証言/エリザベス・ロフタス キャサリン・ケッチャム」

 エリザベス・ロフタス。ユダヤ人。記憶に関するエクスパート。学部で学習心理学の講義で使用された教科書を書いていたのが今にして思えばロフタスと彼女の夫が書いたものだった。その時にはまさかその教科書の著者がこれほどセンセーショナルに注目されることになろうとは想像もしなかった。
 ロフタスは、裁判において主に弁護側の証人として人間の記憶がいかに曖昧で捏造されうるかということを科学的な見地から断固として主張する。トラウマテックな記憶がいかに人間の心に記憶されるか、甦る外傷記憶がアメリカを席巻するあいだ、ジュディス・ハーマンらトラウマ学派の記憶理論に真っ向から挑戦したのはロフタスだ。
 擬似記憶症候群という形でアメリカ司法の過剰なるトラウマ記憶の優遇が批判されたとき、ロフタスはいわば冤罪に落ちた人々の救世主であった。科学的視点からロフタスを単純に評価する人もいる。
 だが事態はそう簡単ではないことがこの本を読むとわかる。確かにロフタスの働きによって冤罪から救われた人もいる。真犯人の自供により自らの目撃証言が誤りであることを突きつけられた強姦事件の被害者の女性は、それでも自分が目撃したことは正しいと主張したという。
 しかし、ロフタス自身が性的虐待を6歳の頃体験しており、その体験は真実だと信じている、という記載を読むと彼女が被害者たちにどのような想いを向けていたのか何とも言えない気持ちになる。(彼女は5歳の子どもの性的虐待の記憶を両親の誘導によって植えつけられたものという結論を下している)。そして彼女が弁護した中には連続殺人犯テッド・バンディーも含まれていた。彼は公判中に司法の手を逃れ、さらに殺人を重ねた。目撃者の証言はこの時は正しかったのだ。それでもロフタスは証言台にたち続ける。司法の理念からすれば、それは正しい。「疑わしきは罰せず」なのだから。
 そして35年後の目撃証言によって、ナチス強制収容所での残虐行為を問われたジョン・デムヤンユクの弁護側の証人として立つことをロフタスは逡巡のすえに拒否する・・・・。(デムヤンユクにはいったん死刑判決が出るものの、証拠不十分で釈放。)
 人間の心にひそむ記憶という闇に想いを巡らさざるをえない一冊。

目撃証言
目撃証言Elizabeth Loftus

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