「隙間」論/大森与利子

 最新刊『「臨床心理学」という近代』で注目される著者ですが、とりあえず手に入るものを読んでみました。
 同質切開と異質許容というテーマ、カウンセリングマインド批判、保健師から学ぶ姿勢など共感を覚える部分もありましたが、ラカン、対象関係理論を議論のベースにしていて思ったよりセラピー志向ですね。(何となく「心の専門家はいらない」的な視点かと想定していました。)事例の部分はやや概念先行で実際になにが起こっていたかわからないという印象を受けました。症例発表批判にもページを割いているので、苦しいところです。それがシニフィエが間断なくずらされていくラカンだといわれちゃうとそれまでですが。
 また、受容・共感・癒しブーム批判も、どんなに自己批判という但し書きをつけられても、専門性の特権化に思えてしまうのです。
 現代思想的な展開をしていくと、どんどんセラピーが保守的・搾取的であるという自己否定、袋小路へと進むものですが、そこでいかに単純なサービス業としての機能にとどまるかという葛藤が重要なのだと思います。
 分析心理学を臨床的アイデンティティとし、アメリカの自我心理学を「プチブル的ご都合主義」と切り捨てる一方で(マーラーは自我心理学者にカウントしてないみたいだけど)、馬場禮子先生の研修会にインスパイアされたという著者の「ねじれ」は面白いですね。
 ただ団塊の世代を「上昇志向」、「連帯」と持ち上げておいて「新人類世代」を「バーチャル」で「それぞれの世界に閉じ籠もり」とステレオタイプする見方は陳腐そのもの。直前で「悪者さがし」の問題点をほのめかしているのにね。
 学級崩壊という思春期前の集団力動の問題を、主に個人力動から捕らえて、境界例の行動化と同一視するのもピントがはずれていると思う。教師が自分の「逆転移」に気づいたところでクラス運営がうまく行くようになるとはあんまり思えないなぁ。
 集団療法批判も治療的グループ、セルフヘルプグループ、自己啓発セミナーなどみんないっしょくたになっていて、あんまりきちんとしたグループ・セラピーの経験はないのではないかと想像してしまいました。
 欠点もいろいろ挙げましたが、アンチ的な視点は嫌いじゃありません。「臨床心理学という近代」に期待しましょう。

p.71 「イマージナル」 →英語ならイマジナリー、フランス語ならイマジネールじゃないでしょうか。

Key Words ラカンアルチュセール今村仁司赤坂憲雄小松和彦、若森英樹、立川健二「誘惑論」

「隙間」論 人間理解の臨床―モノローグからダイアローグへ
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 こちらはまだ未読です。

「臨床心理学」という近代―その両義性とアポリア
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