人間尊重の心理学 新版 わが人生と思想を語る/カール・R・ロジャーズ

 白水さんが掲示板でご指摘の本です。チェックはまだしていませんが新版が出ているようですね。新版で誤訳がどれだけ訂正されているかですね。例えば下記の文章は旧訳から。


 今の私からは信じられないかも知れませんが、それが真実の私でした。なぜかというと、ある時、分析家ではない精神科医が問題児を好きになったかのように振るまっているのを見て軽蔑を感じたのを思い出すことができるからです。その医師は子供を自宅に連れていったりもしていました。彼は専門家としての重要性を学んでいなかったのです。(p.33 傍点の代わりに強調を使用)
" This sounds a bit incredible to me now,but I know it is essentially true because I can recall the scorn I felt for one psychiatrist, not an analyst,who simply dealt with problem children as though he liked them. He even took them to his home. Clearly he had never learned the importance of being professional!"
 最初の文章は信じられないのは読者ではなくて、ロジャーズ。
 この文章の前には「診断的で心理的距離を保とうとする当初のロジャーズの臨床的な公式」を記載する文章があります。この姿勢が児童研究所についてみて間違いだったとわかるというふうに文章は流れます。従って、上記の文章は、当時誤ってそう考えていたが、現在考えてみると違う考え方ということになるので、一行目の"true" を「真実の私」と訳すのはミスリーディングです。(ロジャーズの自己一致という概念を知っていればこうは訳せないはず・・・)
 また最後の文章 はいわゆる描出話法で、ロジャーズがロチェスター赴任前に、頭の中で考えていたことで、執筆している時点のロジャーズの考えとは異なるという含みがあります。過去完了になっているのは時制の一致のせいで、執筆時点を起点として過去完了というわけではありません。他の部分も訳も時制の一致を理解していないようにみえます。
 ”essentially”,"simply","clearly"など副詞は基本的に無視され、「ある時」という原文にはない言葉が加えられています。最後の文章の”!”は省略してはいけませんし、強調の位置も変です。
 試訳は下記の通り。

 今となっては自分にも信じられないのですが、私がこういう公式を持っていたということは間違いなく事実だとわかります。なぜかというと、ある分析家ではない精神科医に軽蔑を感じていたことを思い出せるからです。その医師はまるで本当に問題を持った子どもたちが好きであるかのように自然に扱い、子どもたちを自宅に連れていきさえしました。「明らかにプロだということの重要性がわかっていない!」と私は考えたのです。
 最後の文章は「明らかにプロの自覚に欠ける!」ぐらい訳したいところですが、少し抑えておきました。
 確かに旧訳は不備が目立ちますね。

  • p.37 「ゼーレン・キルケゴールとも知り合いました」→ キルケゴールとロジャーズの出会いには関心を引かれますが、残念ながらロジャーズが生まれたときにはすでにキルケゴールは亡くなってます。「ゼーレン・キルケゴールの著作を知りました」。
  • p.37 誤った治療的関係 → ひどい失敗に終わった(badly bungled)治療関係

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