悦楽の園/木地雅映子

 「氷の国のガレオン」から「悦楽の園」の間に横たわる13年の空白を一晩で埋めるという贅沢な読み方をした。信じられないことに読むのに5時間近く(通常の倍)かかって夜が明けた。
 二階堂奥歯さんが亡くなる少し前、木地さんの生死を確認したという。鈍い僕には「氷の国のガレオン」だけではよく見えなかったけれど、ここまで明確に描かれればネオ・プラトニズム的現世否定と、この不可思議な肉体に封じ込められた魂という中井英夫的流刑感に彼女は共鳴したことがより鮮明になる。運命の皮肉で、木地さんはその時所在不明。所在がわかっていればきっと奥歯さんはコンタクトを取っただろう。そう夢想するくらいは許されるんじゃないか。奥歯さんの死を悼んでいたという木地さんのこの物語は、すべて死んでいく疎外された人たちにわずかな希望を照らし出してくれる。簡単に軽度発達障害ものとよびたくはないし、そう現実は甘くないと一方では思いつつ、やっぱり物語の与えてくれる夢に少しだけ酔いたい。
 それでいてやっぱり、物語はおそろしく、人間もおそろしい。その恐ろしさを少し忘れ、少し物語をなめていた。もう少し謙虚に物語の声に耳を傾けようと思う。
 ただ心配なのは次にいつ物語が紡がれるかわからないこと。願わくば物語の神様が木地さんに早くに降りられますように。
 これで僕の奥歯ちゃんショックも一段落。考えれば「八本脚の蝶」を読んだタイミングが絶妙だった。発売直後に読んでいたら、脳外科入院中に「臨床心理学」のベスト5で行く先も見えないまま「八本足の蝶」についての原稿を病床で書くはめになっていただろう。考えるだけで怖ろしい。「八本脚の蝶」の後にこの本に巡り会えることにただただ感謝。

悦楽の園
悦楽の園木地 雅映子

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