「精神分析の名著」

精神分析の名著/立木康介 編著

 最近は精神分析学会も行っていないんだけど、昔は精神分析学会でラカンって言う人はほとんどいなかった。精神病理学会とかと多分棲み分けていたんでしょう。まあこれは日本に限ったことでなくて、ラカン派は正統な精神分析として扱わないみたいなのが国際的な流れだったかと思う。でも、こういう精神分析本流の人々とラカン派の人々が同じ書籍で概論書いている本が出版されてるのも折衷的傾向が強い日本らしい現象かな。
 ラカン派含む精神分析の21の名著をセレクトして多彩な学派の人々が概説を書いている。内訳はフロイト3、イギリスがクライン2、アナ・フロイト、ビオン2、バリントウィニコット、メルツァー、アメリカがハルトマン、エリクソンマーラー他、カーンバーグコフート、フランスがラカン2、ラプランシュ、ドルト、日本が土居健郎。ぼくならフロイト2にしてフェレンツィを入れ、メルツァー削ってフェアベアンいれるけど、フロイト編はラカン派の人々が書いているからフェレンツィを入れるって発想は出ないし、平井先生が書くんじゃクライン関係にするしかないし、しょうがないね。
 サントームについて書いている先生が「インターネットやゲームへの没入」がすべてサントームって書いてるのには笑ったけど、あとは入門書としてはまあまあなんじゃないかな。ただこういう短い枚数でほんとうに解説をしようとすると全く面白くない文章になっちゃって、それこそ原典読めよって話になっちゃうんだよね。
 そういう意味では最後の締めの藤山先生の土居健郎「甘えの構造」論は、自らの師に対する理解であり考察であり面白かった。
 いつもの精神分析の特権化というかルサンチマンの話なんだけど、土居先生がアメリカで受けた訓練分析の中断には精神病的退行状況があったんじゃないかというくだり。ただ、自分の考えは違う。藤山先生はやっぱり精神分析的な内面世界へののめり込む視点だからそういう発想になると思うんだけど、単純にやっぱり辟易したんだろうと思うよ。そのころの訓練分析の教条的な感じに耐えられなかったんじゃないかと思う。
 学会で何も知らずに土居先生の後ろの席に座って、名乗りもせずに話し出すこの人は一体誰なんだろうと思ったことはあるけど、土居先生についてはほとんど読んだものを通じてしか知らないから違うかもしれないけどね。

精神分析の名著 - フロイトから土居健郎まで (中公新書)
精神分析の名著 - フロイトから土居健郎まで (中公新書)立木 康介

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09月27日のつぶやき

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