心理療法におけることばの使い方―つながりをつくるために/レストン・ヘイヴンズ

 筆者は精神科医だけど、サリヴァンやロジャーズの影響を感じる。なかなかの良書。翻訳は全体にこなれていて読みやすいが、いくつかひっかかる部分あり。
 原題は"Making Contact - Uses of Language in Psychotherapy" "Making Contact" を「つながり」と訳すのは訳者の下山先生の「つなぎモデル」の影響もあるだろう。だけどコンタクトはラテン語の"tango = ふれる"が語源であり、「コンタクト・レンズ」とか武道の「フル・コンタクト」を思い浮かべればわかるように、コンタクトとは実はつながっていない異質なものの接触を指す。結果的にはつながりをつくるためなのだけど、本書に述べられているのもつながりに至る以前の微妙な接触の仕方を扱ったもの。僕なら「クライアントのこころと気持ちにふれる」あたりにするでしょう。


 翻訳に関してはもうひとつおもしろい誤訳を発見。


 下心を露みせずに人を騙し通すならば、それは、ナポレオンに勝るとも劣らない立派な精神病質者ということになります。(p.134)
 まずここでひっかる、ナポレオンが精神病質なんてことは聞いたことないし。

 ナポレオンは「神は細部に宿る」と述べています。(p.156)
 ここにいたって、ナポレオン・ボナパルトがこんなこというはずないと確信。
 実はここでいうナポレオンはフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトじゃないのだ。まあ、このナポレオンを「将軍」という代名詞で受けなければ、叙述トリック完成で、ウソを書かずにたくみに読者はナポレオン=ナポレオン・ボナパルトと信じてしまうわけ。
 ググってみるとこれが成功哲学のベストセラーの著者ナポレオン・ヒルの言葉だということがわかる。ナポレオンというとついフランスの英雄を思い浮かべてしまうので、ここは原文がナポレオンでもナポレオン・ヒルと訳しておかないといけない。

  • p.28 逆に予期せぬことに対した場合には、放り出されているという当惑の感覚(sense of being thrown)が生じ → 世界に対して受け身的に投げ出されたという感覚が生じ  後の方に「実存主義」と出てくるので、ここでいう being thrown はハイデガーのいう被投企性、自らの意志によってではなく世界に投げ出される存在としての人間のあり方を指している。これを自らの意志で何らかの対象に投企し、アンガジュマンしていこうというのが実存主義
  • p.175 ル・カレの『死者を呼ぶ』→『死者にかかってきた電話』
  • p.209 精神病状態にある患者に対する共感的語りかけは「あなたは、頭がおかしくなってますね」(You are mad) ではなく、「頭にきますね」(It's infuriating)です。 → 精神病状態にある患者に対する共感的語りかけは「(あなたは)腹が立っているんですね」(You are mad) ではなく、「(その出来事が)腹立たしいことですね」(It's infuriating)です。 著者が言いたいのは人でなく対象に焦点をあてるということ。ここでは "mad" は "angry" の意味。
  • p.246 コメディアンのグルーチョ・マルクス爺さん → 懐かしのグルーチョ・マルクス 原文がないのでわかりませんが多分「懐かしい」という意味の "old" を「年取った」と間違えたのでしょう。

心理療法におけることばの使い方―つながりをつくるために
心理療法におけることばの使い方―つながりをつくるためにレストン ヘイヴンズ Leston Havens 下山 晴彦

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