未来は長く続く/ルイ・アルチュセール

 マルクス主義者であり、ラカンを通じての精神分析への関心も深い哲学者、ルイ・アルチュセールのふたつの自伝「未来は長く続く」、「事実」の合本。彼が予審免除となり自由の身になったことへの弁明としてこれらの自伝は執筆されている。彼が妻を殺したということは知っていたけれども、ディティールを知るのは初めて。なかなか凄い話。彼は青年期に精神病を発病。統合失調症という診断をされたこともあるようだが、重いうつ病ということで電気ショック療法も繰り返し受けていた。麻酔もなく患者を並べて電気ショックをするという悲惨な光景は、過去の我が国と同じ。本人の記載からすると、2〜3週間の深刻なうつ期とそれに続く軽躁期があったらしく、著作などへの影響は少なかったようである。自らも認めているように、この軽躁的な態度が、才気として捉えられていたようだ。


 ごく限られた言い回しから、読んだこともない哲学者や書物について、その思想と生えないまでも、その癖や方向性なら再現することができる(そんなことは錯覚に過ぎないのだが)と思っていたのである。
 アルチュセールは62歳の時に妻エレーヌを絞殺するのだが、殺人の十数年前から、そして事件後もルネ・ディアトキヌ医師より精神分析を受けている。ディアトキヌはアルチュセールの妹、母親も患者として担当しており、妻エレーヌの精神療法も担当していた。妹を殺すが合意の元であるために無罪になるという夢を殺人以前にアルチュセールは書き留めている。自らの殺人に関しては、錯乱状態の中で犯されたものとして、自分に罪があると感じたことは一度もなく、「人を介しての自殺」すなわち自殺願望のあったエレーヌに対する「自殺幇助」であると分析家に対して語ったと記載されている。
 この自伝も幼児期からの彼の(おそらくは事後的に再構成された)性的なエピソードが赤裸々に描かれている。27歳まで自慰をしたことがなく、30歳での初めての性体験、包茎不安(心配した父親にいじくりまわされるというまさにフロイト的なエピソードも)、性病不安、などなど。
 訳者によればこの自伝にはドゴールとの会見などあきらかに虚偽のエピソードも含まれているらしく、執筆時は恐らく軽躁状態であったと推測されるためどこまでが事実でどこまでがファンタジーかの区別は難しいが、少なくともアルチュセールの心的事実と考えると、ラカンへのシンパシー、去勢願望は明らかか。
 しかし一方で、彼は精神分析に関しても下記のような記載を行っている。

 私はフロイトの残したいかなる論文についても、フロイトの注釈者が書いたいかなる論文についても、決して理解を深めることができなかったのである。私はどうしてもフロイトの声を聞きとることができないのだ・・・・。
 アルチュセール自身は分析家ではないけれど、やはり共産主義への傾倒から、オルゴンボックスといった向こう側へいってしまったヴィルヘルム・ライヒのことが連想される。
 少なくともアルチュセールが「シニフィアンの優位」とかいったつまらない概念で、妻殺しというシニフィアンの意味を無限にずらし続けようとしたのだとすれば、これは無惨な失敗であるとしかいいようがない。

  • イデオロギーの欺瞞としての哲学を徹底的に批判 p.225
  • 哲学とは『最終審級において』理論内部の階級闘争である。 p.225
  • パリ・フロイト派解散後、ラカンの招集した集会に無断で乗り込み放った言葉。誰の許可を得てここに来たのかを問われ、「リビドーのまたの名である聖隷の御名においてだ」 p.252
  • アラン・ミレールからの「換喩的因果性」の盗用問題 p.282

未来は長く続く―アルチュセール自伝
未来は長く続く―アルチュセール自伝ルイ アルチュセール Louis Althusser 宮林 寛

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