自己との対決/ヘレーネ・ドイッチュ

 河出書房新社から出ていましたが、現在絶版のようです。psy-pub さんの記事に触発されて読んでみました。ヘレーネ・ドイチュは「かのような人格 as if personality」 という概念で境界パーソナリティ障害理論に貢献した精神分析家・精神科医ですが、この本は1973年に、彼女が89歳の時に出版した自伝です。何と出版の翌年1974年に岸田秀さんによって翻訳されています。
 神田橋條治先生が滝口俊子先生を評してヘレーネ・ドイチュに例えるのですが、自伝を読むとなるほどなあと思います。(どこがなるほどかというのは、まあ読んでみてください。一言で言えば「父の娘」ということになるのでしょうが)
 ポーランドユダヤ人として生まれたヘレーネ。幼少時のエピソードはやっぱり精神分析家らしく性的なエピソードも率直に描かれています。若い頃は社会主義運動に関わり、妻子ある活動家と愛人関係となったり、ローザ・ルクセンブルクと交流があったり、警察に拘束されたり、疾風怒濤の青春時代という感じでした。後にウィーン大学に入学し、精神科医を志し、ワグナー・ヤグレーグ・クリニックでポール・シルダーと助手の座を争い、大学で知り合った医師のフェリックス・ドイチュと結婚し、ともに精神分析の道を進むことになります。
 精神分析史からみるといろいろおもしろいエピソードも書かれていますね。現代から見ると、児童精神分析家というとメラニー・クラインとアナ・フロイトということになっていますが、当時はフーグ・ヘルムートという第三の女性分析家がいたのですが、これが同居して論文のネタにしていた甥に殺されてしまうという事件があり、フーグ・ヘルムートの名前は今ではインパクトのないものになってしまいました。この甥が出所してきて、知人の分析家に経済的援助と精神分析治療!を求め、その知人がヘレーネを推薦するということがあったようです。ヘレーネはフーク・ヘルムートの二の舞になるのを恐れ、この提案を断りますが、その後、散歩の途中に怪しい男の影がふたつ・・・ひとりはこの元殺人犯、もうひとりは夫のフェリックスが雇った探偵だった・・・なんだかほんとにサイコホラーものみたいですね。
http://www.usc.edu/isd/archives/la/scandals/chessman.html