雑誌『臨床心理学』でここ数年、その年のベスト5臨床本を選んでいる。ベストというからには全部読んで判定したいところだけど、予算も時間も限られているので、毎年図書館で借りられる本は借り、ぎりぎりになっ、てめぼしい本を購入している。それで毎年、あーこの本を落としてしまったと後悔することになるわけ。
うーん。これは選んどくべきだった。9月発売だから来年のベスト5に入れても許されるかも。この「ケアをひらく」シリーズは良書ぞろいなのでやっぱり読み落としはまずかった。
アスペルガー障害の綾屋さんと、脳性まひの医師の熊谷さんのコラボ本。
アスペルガーの方の当事者本は数あれど、これだけその世界を精妙に言語化しているものはあんまりみあたらない。「します性」、「せねば性」など日常語に基づいたキーワードと図を使ってアスペルガーの方が感じている世界をいきいきと表現しています。あー、ほんとに「おなかがすいている」なんて一言で言うけど、そこにはどれほど様々な感覚の統合が必要とされていることか・・・・。(綾屋さんは、じぶんの空腹という感覚がわからないということに関して丁寧に解説をしてくれています)。言葉を物理的に発生することにすら困難を覚え手話を勉強するも、ろう者の世界の中でも疎外感を感じ、結婚し二児をもうけるものの離婚。コウモリなみのエコロケーションで世界を知覚する人の出産を巡る感覚との戦い・・・。あんまりおもしろがっては申し訳ないなと思いつつ、興味深く読みました。
熊谷さんは脳性まひのため排泄も介助してもらわないといけないというハンディキャップを、いかに他者に補ってもらうという視点から、アスペルガー障害という全く異なる障害を持つ綾屋さんとのコラボレーションを論じていて素敵でした。
ちょっと意外なところでぶつかったのは「リハビリという悪夢」というセクションで書かれた動作訓練への批判でした。過度の心理主義がユーザーの方にいかに負担をかけていたかを知るために、動作法とか実践している人は読んでおくべきでしょう。
そのリハビリでは、一回二時間程度のセッションで、各々に与えられた課題姿勢や動作を反復練習させられる。自分の場合は、とても痛いストレッチから始まって、あぐらを組んだ姿勢や、ひざ立ち、片ひざ立ち、立位などが、何年にもわたって課題として与えられた。どの課題も、「普通並みに」こなすなんて永遠に無理である。それなのに、少しでも普通の姿勢や動作に近づけるために、飽きもせず10年以上リハビリが続けられた。
うまくいかないときは「努力・工夫の仕方が間違っているからだ」と、心理や人格に原因を帰せられ、指で体の一部をつつかれながら「ここをピンとするの!そうそう。違う!もっとこっち!」など、一つひとつの筋肉の使い方まで指南を受ける。 (p.201)
熊谷さんが陥っているのは苦痛から逃れるための解離的な状態ですよね。すべての動作法がこうだとはいわないけど、セラピーが硬直化し、カルト化していくとこういう傷つきが生まれる・・・
トレーナーの表情や所作、せりふだけが断片的に入ってきて、意味がとれなくなった。怒りや恐怖心だけが確かな存在感で自分のなかにあり、自分や目の前のトレーナーを痛めつけたい衝動が、律動的に現れてきた。
そうこうしているうちに、もっと幻想的なオハナシの世界が繰り広げられたりもした。(p.202-203)