精神分析家ザビーナ・シュピールラインというとユングの患者かつ愛人の女性で、『秘密のシンメトリー』という本で有名。精神分析の内幕ものは結構読んでいるのだけれど、この『秘密のシンメトリー』は何となく読む気がしなくて未読でした。でも結果的にはそれでよかった。こっちから読むのが正解。
遠藤裕乃先生が詳しい解説を書いてくれているけど、『秘密のシンメトリー』はユング側の資料を使ってシュピールラインの病理を強調しているらしい。しかし、この本を読むとユングの自己愛の病理がはっきりと見えてくる。
ユングがいとこの霊媒をテーマに博士論文を書いたのは有名だけど、ユングが彼女のことを「精神的劣位性」があって、特定できるような情報を書いたから、彼女は婚約を破棄され、バーゼルで決まっていた職業見習いを親に取り消されパリでほとぼりをさまさなければならなかったらしい。
シュピールラインという人は主治医のユングの給料よりたくさんの仕送りをもらっていたようなお嬢様なんだけど、まさにスペシャル・ペイシェントでブルクヘリツリ精神病院に入院しつつ、ケースカンファレンスに出たり、入院中に医学部に入学!している。ここらへんは単にユングが許したというだけでなくて、院長のオイゲン・ブロイラーも認めていたらしい。
しかしユングとの恋愛関係が匿名の手紙(ユングの妻説あり)で親ばれして、シュピールラインの母親がユングを責める手紙を書くと、なんとユングは無料の治療だからそうなるのもしょうがない、と開き直り。
ユングとの関係が冷え、適切な距離を取ろうとしているシュピールラインに対して、ユングは自分が治療していた性開放論者の精神科医、オットー・グロースの影響を受けたのかどうかはわからないけど、ユング夫婦とシュピールラインの同居を提案する。
またシュピールラインがユングに論文を送ると、ユングはシュピールラインに対してはほめながらフロイトへの手紙では酷評する。
従来、ユングがフロイトの性理論に叛旗を翻すのは、ロマンティシズムの文脈からとらえられることが多かったようだけど、この本読むと単に自分の性欲を否認してるだけだったんじゃないかと思えてくる。
シュピールラインの精神分析家としての着眼の鋭さをしれたのもよかった。
ザビーナはロシアに渡ってからの不遇とナチスによって虐殺されるという悲劇的な死を迎えることになる・・・。
訳も読みやすいです。おすすめ。
ザビーナ・シュピールラインの悲劇 ユングとフロイト、スターリンとヒトラーのはざまで | |
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