この間書いた精神分析事典のエリザベト・ルディネスコによる大部なラカン伝。フランスの精神分析や力動的精神医学に関していろいろ興味深い事実が満載です。ラカンがバタイユの奥さんと結婚したのは有名ですが、それ以前の女性関係も未亡人とか、友人の妻、友人の妹(これは普通か)とかそんなのばかりなんですね。友人の方も浮気をしていたようなのですが、ラカンは友人に自分の情熱の理由の手紙を書き、一方で友人の奥さんを連れ回して無免許で爆走。博士論文の審査会には未亡人も友人の妻も列席。新婚旅行先から愛人を気遣う電報を打つラカン。うーん、そのままフランス映画のようですね。
訳の方は、精神医学、精神分析用語に関する知識不足のため推測して読まなければいけません。例えば「監修」=「スーパーヴィジョン」、「パラノイア性の態勢」「パラノイアの位置」=「妄想ポジション」とか。カウチのことを「枕つき寝椅子」っていうのもねぇ。
また訳注がことごとく外しているというか、例えば
訳注を読む方がわからなくなります。
力動説(存在と現象を力とその展開に還元する立場) p.38
ほんと?って感じです。
超自我(超自我の役割は自我を裁くことにある) p.128
マックス・アイティンゴンはベラルーシ生まれで国籍はポーランド。ナチスの台頭と共にイギリスが委任統治していたパレスチナに亡命しました。現在はパレスチナ=アラブ人国家、イスラエル=ユダヤ人国家というのが一般的イメージなのでもう少し注釈が必要でしょう。
アイティンゴン(1811-1943 パレスチナの精神分析家) p.135
またp.88 の訳注では精神分析家の Hans Sachs を同姓同名の細菌学者と混同しています。
- バビンスキー → ババンスキー
- エレンベルガー → エランベルジェ 索引にはなぜか二種類の表記が混在。エランベルジェはラカンとも面識があったのですね。
- エロトマニア(恋愛妄想)、心的自動症で有名なラカンの師匠の精神科医クレランボー。鏡の前で自死。
妥協を許さない女性嫌いだったかれは、弟子の中に女性をいれることをこばみ、まわりを取り巻く信奉者に崇拝と服従を要求した。 p.38
- p.41 同時性精神異常 folie a deux "ふたり精神病" のこと?
- p.48 オットー・フェニシェル → オットー・フェニケル
- p.51 パラノイア症例エメ(ディディエ・アンジューの母親)との関係
かれは執拗な貪欲さを発揮して、マルグリットから文章と、写真と、半生のすべの歴史をかすめとり、なにひとつ彼女に返さなかった。
つまり、ラカンからみて彼女は反抗的だったし、彼女のほうは自分を精神医学の知識の対象にしたことで、生涯かれを非難した。
ジャック・ラカン伝 | |
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