日本では封印状態の精神外科手術(脳手術による精神科治療、いわゆるロボトミー手術)の過去と現在。つい一般名としてロボトミーという用語を使ってしまうのだけれど、ロボトミーはさまざまな精神外科の一手法にすぎない。エガス・モニスがノーベル医学生理学賞を受賞したのは「リューコトミー」、初期の標準型ロボトミーは頭蓋に穴を開ける方式、アメリカでのロボトミー手術の伝道者「ロボトミスト」ウォーター・フリーマンが開発したのが眼窩から器具を挿入するタイプの経眼窩式ロボトミー、それ以外にも前頭葉自体を手術するロベクトミー、日本でいわゆる「ロボトミー殺人事件」といわれる患者による医師の家族殺害事件も行われた手術はロボトミーではなく、チングレトミーだった。
再び脳医学に注目が集まる現在、確かに乱暴な手術であった精神外科手術は定位脳手術(大脳基底部の局所切断)、電極を埋め込むタイプの脳深部刺激などの形で生き残っている。
確かに精神外科の手術にはインフォームド・コンセントなど置き去りにされた乱暴なものだった。しかし、短期記憶が海馬などの辺縁系との繋がり深いなど現在の脳科学の知識はこの精神外科手術によって得られたことも事実。
そして日本での反ロボトミー運動には、学生運動を背景とした権威者に対する告発が背景にあったことも否めない。
精神外科手術の問題は、これから精神科医が直面しなければならない問題と思われるが、このような書籍を執筆するのは生命科学・医療史を専門とする方であるというのは皮肉なことだと思う。
精神外科手術という歴史をふまえるためにも、これからの脳科学が突きあたる壁のためにも、読んでおきたい一冊。
精神を切る手術――脳に分け入る科学の歴史 | |
臏島 次郎 岩波書店 2012-05-24 売り上げランキング : 38839 Amazonで詳しく見るby G-Tools 関連商品 現代思想2012年6月号 特集=尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル 生命の研究はどこまで自由か――科学者との対話から 先端医療のルール−人体利用はどこまで許されるのか (講談社現代新書) ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観 驚きの介護民俗学 (シリーズ ケアをひらく) |