外傷と逆転移の人 フェレンツィ

 ポーランドハンガリー人の精神分析家。
 グロッデッグとの書簡、「臨床日記」からの記述によれば、フェレンツィは幼児期に母親と乳母によって虐待を受けていたという。
 自分が分析していたギゼラ・パロシュの娘であるエルマの分析から問題は始まる。分析は途中までうまくいくが、エルマの取り巻きのひとりが自殺したことをきっかけに、エルマの調子は悪くなり、フェレンツィはエルマを恋するようになってしまう。フェレンツィは彼女の分析をフロイトに委ね、自分の恋が神経症から来るものなのか、それとも本当の恋なのか答えを求める。フロイトはエルマとの結婚に賛成せず、結局フェレンツィはエルマの母のギゼラと結婚する。
 この後フェレンツィはしきりにフロイトに教育分析を求めるが、フェレンツィにとっては分析は満足のいくものではなかった。フロイトフェレンツィが被分析者にキスすることを認めたと非難したが、フロイトにとってはこれは技法的な問題であると同時に、恐らくエルマとの分析の再現のように感じたのではないか。
 フェレンツィとの間に起こったことをフロイトがどう捉えていたかは、「終わりある分析と終わりなき分析」の以下の部分から伺うことができる。()内は筆者による挿入。


 ある非常に成功した精神分析家であった男性(=フェレンツィ)が、同性との競争関係も、異性との恋愛関係も、神経症的な制止から自由でないという結論に達した。それで彼は自分より経験のある分析家(=フロイト)に分析してもらうことにした。この男性の性格を批判的に探索していくことは、完全に成功した。彼は愛する女性(=ギゼラ)と結婚し、かつてライヴァルと見なしていた男達の友人となり、教師となった。数年がたち、その間、彼と前述の分析家との関係は曇りのないものだった。しかし、それから何かうかがいしれないような理由から、トラブルが生じたのだった。分析された男性は、分析家に反抗的な態度を取り始め、分析家が完全な分析をしなかったと非難し始めた。彼が言うところによれば、「あなたは転移関係というものは決して肯定的なものだけではないという事実を知って、考慮に入れるべきだった」すなわち「陰性転移の可能性を考慮していなかった」というのだ。分析家は次のように述べて自己弁護を行った。「分析の当時、陰性転移の兆候はなかった。しかし、たとえ自分が陰性転移のわずかな兆候を見落としていたとしても、それは当時の分析の限界というものを考えれば、ありそうなことかもしれないが、「コンプレックス」と言われるような心理的なテーマを、患者にとっては現実的でない時に、ただ患者に示すだけで、活性化させることができたかどうかは疑わしい。そうしたテーマを活性化させるためには、きっと私はかなり不親切な行為をしなければならなかっただろう」と。そして分析家はこう付け加えた。「分析をしている間も、終了してからも、分析家と被分析者のよい関係をすべて転移として見なすべきではない。つまり本当の基礎というものをもった友好的な関係が存在し、それは継続することが可能なものなのだ」と。
 アーネスト・ジョーンズ、メラニー・クライン、マイケル・バリントに教育分析を行い、クララ・トンプソンの治療を引き受ける。
 逆転移、取り入れ、魔術的思考など精神分析の重要な概念がフェレンツィの貢献に基づいている。