理論

  自己愛人格障害 境界人格障害 スキゾイド人格障害
内的対象関係 防衛的融合部分単位(万能対象と誇大的自己の融合)と攻撃的融合部分単位(残酷で、攻撃的で、価値下げをする対象と、不適切で、断片化し、価値がなく、特権がない自己の融合)の分裂防衛 供給型(リビドー的)部分単位(RORU)と撤去型(攻撃型)部分単位の分裂防衛 主人−奴隷部分単位とサディスト的対象−流浪する自己 self-in-exile 部分単位の分裂防衛


自己愛と境界例 (1981)
 The Narsisstic and Borderline Disorders -An Integrated Developmental Approach (1981)

  自己愛人格障害 境界人格障害
臨床像
 自己中心

 顕示欲強く、傲慢

 過度な自己関与

 他者からの賞賛、承認の追求

 他者への関心、共感の欠如、過小評価

 権力、完全、富、美の追求

 自我境界は強固、自己愛投影に関わることでなければ現実認識も優れている。



 防衛的な外見の裏には、激しい羨望を伴った空虚感と、冷ややかな怒りの感情が潜んでいる。


しがみつきと突飛で不合理な怒りの爆発が交互に起き、対人関係は衝動的で不安定。

低水準の場合は分離ストレス下において精神病的発作が起こることがある。

自我境界ははっきりしており、現実検討も良好。

抑鬱−→自己に対する不全感や敵意。

愛情を与えたり、撤去したりする周囲の人に対して敏感。

病因 1)母親が分離個体化欲求を無視し、理想化投影を続ける

2)見捨てられ抑鬱が起こったときに自己愛的な父親に同一化する

発達的に再接近期以前に固着or抑止

再接近危機が訪れない


 母親が境界例で子どもが固体化しようとすると愛情を撤去してしまう。

 子どもは見捨てられ抑鬱を感じ、見捨てる母親を内在化し、自我発達が停止する。

 再接近危機から抜け出せない。
対象関係
誇大な自己像・自己へのリビドー投資の過剰



誇大自己対象表象と万能対象表象が融合し(対象関係融合単位)、あたかも1つの関係対象単位からなり立っているようにみえる。幼児期の誇大感、万能感の収縮が行われていない。

この対象関係融合単位の基底には過酷で懲罰的・攻撃的な融合対象表象と、屈辱を受け攻撃され空虚であるという融合自己表象があり、見捨てられ抑鬱によって結び付けられている。

貧困で自己卑下的な自己像・自己へのリビドー投資の不足



自己表象と対象表象が、自己愛人格障害のように融合せずに

1.報酬型部分単位(RORU rewarding object part unit)

2.撤去型部分単位(WORU withdrawing object part unit)

に分裂。

防衛
■誇大自己−万能対象融合単位と病的自我の同盟

 対象関係融合単位を継続的に活性化することで、「見捨てられ抑鬱」を知覚しないように防衛する。



■攻撃的で空虚な対象融合単位と病的自我の同盟

 他者によって見捨てられ抑鬱が引き起こされそうになると、他者に対して攻撃したり、現実を過小評価、否認したりすることで、自己愛的平衡を回復し、抑鬱を感じまいとする。

 RORUとWORUが交互に他者に投影され(転移性行動化)、受動的で退行した行動を呼び起こし、真実の自己や、自己主張を放棄せざるを得ない。



■RORUと病的自我の同盟(しがみつき転移)

 RORUを治療者または周囲のだれかに投影し、従順にふるまい、その人が自分の投影に共鳴し、承認と指示を与えてくれることを期待する。



■WORUと病的自我の同盟(距離をとる転移)

 批判的、敵対的態度を伴いながら、WORUを治療者および周囲の誰かに投影し、その結果、投影された敵意から自分を防衛するために、さまざまな「距離をとる」行動を行う。


 愛情を与えたり撤去したりする現実に敏感

治療技法 患者の求める誇大性、完璧性が満たされない自己愛的失望からおこる否認・過小評価・回避などの転移性行動化を解釈する。(直面化は攻撃と受け取られてしまう) 破壊的な防衛行動に直面化で注意を向けさせる。(解釈はWORUを強化してしまう)見捨てられ抑鬱の徹底操作。
例)若い女性のPtが母親に電話し、自分が精神病院にいることを話すと、母親はそれにはとりあわず「兄さんがのんだくれているんだから、お前からいってくれないと困るよ」といったので、Ptは意気消沈し、がっかりた様子で報告した。

(映し返し解釈)「たとえがっかりすることがあっても、自分が楽になるにはお母さんとのかかわりが必要なんですね」
(直面化)「お母さんとのやりとりにがっかりして、つらいのに、なぜお母さんを求めるんですか?どうしてお母さんのやり方を許しておくんですか。



1 自己愛の精神病理
第1章 自己愛人格障害
  マスターソン コフート カーンバーグ
攻撃性  反応。  反応。  生得的。
リビドー発達  分離固体化
 自己愛と対象愛は別の発達ライン
 分離固体化
自己愛人格障害  発達停止
 母親が子どもの分離固体化欲求を無視。
 発達停止
 母親の外傷的な共感不全。
 退行再融合

 マスターソン理論とコフート理論
  共通点
  ・自己の精神病理とエディプス葛藤の精神病理には発達水準に差があるとしたこと
  ・過度の攻撃性を生得のものでなく、発達早期の精神的外傷に由来するとしたこと
  ・深刻であるが目立たず否認されがちな、両親の病理を探求し認識することの必要性
  批判
  ・境界例自己愛人格障害を混同している。
  ・自己対象という概念。
  ・母親の鏡像化機能と父親の理想化機能を同等視して、母親の機能不全を父親が補えるとしてしまっている。
  ・子どもが「見捨てられ抑鬱=自己の断片化」を経験するのは、母親の共感不全と言うより、母親が自分の投影を満たす子どもの退行行動に報酬を与え、自分の不安を減じているためである。

 カーンバーグの評価&批判
  退行再融合論(ジェイコブソン)の考えをベースにする
   自我境界が安定する発達のある段階で、自己像と対象像の再融合が起こり、その後に理想自己、理想対象、現実の自己像の融合が対象像を壊すことなく生じている。
  中立的立場からの陰性転移の系統的分析を強調。(マスターソンはみすてられ抑鬱の分析を強調)


第2章 鑑別診断

高い水準の境界例と低い水準の境界例
 高い水準の境界例 神経症的、見捨てられ恐怖>呑み込まれ恐怖 しがみつき防衛。
 低い水準の境界例 呑み込まれ恐怖>見捨てられ恐怖 距離をとる防衛。分離ストレス下で離人感、非現実感、妄想的投影、一時的な精神病的発作。


第3章 臨床像:生活暦と精神内界構造

症例 フランク (47)
 自己愛人格障害。独身。専門職。

治療歴
 27歳から心理学者に週1回の精神療法を2年。治療者を「尊敬できず」やめてしまう
 7年精神科医に週2回の診察。知的なやりとり。通うのをやめても寂しくないし、何をやっていたかも思い出せない。
 6ヶ月前に2年間続けたゲシュタルト療法をうち切る。指示や訓練が不快。感情的に反発

臨床像
 関心が常に外部にあり、自分の願望を無視して、絶えず友人にいたわってもらうことを求め、そうしないとむなしくなり、腹が立ち抑鬱を感じる。友人が鏡像化に答えてくれないとあら探し。
 批判に対しては極度に敏感。
 好きになった女性に「人を愛することができない人」と言われて傷つき、女性とは浅い関係にとどめていた。
 成績はよく、仕事も有能。スポーツ、音楽、美術などに関心。
 両親とは衝突せず。退屈な人間との自己認知。
 世の中に出ることが怖くて、専門学校までは親と同居。

家族
 3人同胞の2番目。
 父親 セールスマン。がさつ。自己中心的。被害的。フランクを無視、批判。
 母親 父を理想化し服従。感情的にも、知的にも鈍い。

精神内界構造
 誇大自己−万能対象関係の融合関係
 万能融合対象表象  完璧な知恵、知識、指示、保護を与える。
 融合自己表象    他人と張り合う知識や能力のない自分。指示、知識を与えられるときにだけ、自己を特別なものと感じられる。
 誇大自己−万能対象表象関係の融合単位と病的な自我が同盟し、防衛(回避、否認、分裂、鏡像化、行動化)を行う。

 万能対象表象に完璧な鏡像化を求める。
 ↓
 抑制と受け身の防衛的姿勢。(固体化、顕示的誇大自己の表出を回避。)
  万能対象が自分を映しだしてくれると言う幻想。

 基底にある攻撃的あるいは空虚な融合単位

第6章 境界例の自己愛精神病理と偽自己

境界例の治療過程における自己愛の精神病理の重要性
 回復過程で自己が徐々に姿を現し、統合されていく。
 コフート自己愛人格障害には境界例が含まれているため、境界例における自己愛病理の重要性が考察されていない。他の研究者の理論では対象関係のみが強調されすぎている。著者も固体化の失敗という概念の中で考えてきたが不十分。

■自己の病理
 自己像の障害、固体化、自律機能の障害、自己主張の障害。

 偽りの自己が内在化された分裂対象関係単位
 偽りの自己を持つ患者−→報酬型と撤去型の対象関係部分単位からなる精神内界構造

偽りの自己 (false self ウィニコット)
 外界の要求に反応し、服従する自己の側面。健康な人の場合は、現実適応的な側面。病的な人格においては真の自己を隠蔽する防衛的機能。
 早期幼児期母親が幼児の万能感に応じることができず、母親側の表現に幼児を服従させると、「人格の基本的な分裂」が生じる


症例 スーザン (35)

主訴
 抑鬱。一人でいられないこと。他人に頼りたいこと。男性と親しくなれないこと。
 これまでに3年の精神分析、2年間の精神療法を受けている。

家族
 母親 精神病で幼少期に入退院を繰り返す。スーザンに対しては、冷淡、過保護、干渉的で、子ども扱いし、プライバシーを認めない。
父親 学校の校長。批判的で敵意に満ちている←−服従
兄 同性愛。

治療の流れ
 治療者に対して人を喜ばす知的で従順な少女のようにふるまい、助言、指示を求めたり、自分のための特例を設けさせようとする。しかし、心からの感情を示すことがなかった。(転移性行動化;RORUの投影;偽自己の現れ)

→治療者が操作を直面化
 スーザンは「治療者は貪欲、頑固、不親切」と言って非難し、怒りを爆発させる。(WORUの陰性対象表象)
  「治療者は自分のことを耳を傾ける価値がないと思っている」と非難。(WORUの陰性自己表象)

→怒りがおさまったたころ、怒りと失望の理由を尋ねる
 スーザンは、治療者に対して特別な存在になりたいということを認め、同じような操縦を父親に対しても行ってきたこと、自分の行動は自発的なものではなく、望みの反応を人から得たいためにやっていることに気づく。自己評価の低さ、無力感があることを認めた。

→治療者は以下のことを指摘
1)自発的な考えや感情(患者の真の自己)を示すと、治療者は批判すると思っているのではないか。
 (WORUの投影)
2)自分の考えや感情に懲罰的で、批判的な態度を取ろうとしている。

 スーザンは次のことに気づき始める。
 否定的で懲罰的な態度が自分の中にあり、それを治療者に投影して防衛している。しがみつき行動はその投影を行わないための防衛機制

 徐々に撤去型の自己イメージが明らかになる。「活気がなく、退屈で空虚」

→治療者は両親に関連した否定的な自己表象を想起できるのではと期待。
 夢1「自分の髪にネズミが住んでいて脅かすので、ネズミを駆除しようと思っている」
   患者の解釈:ネズミは小さいころの両親との関係。駆除することで関係を回避。
 父親が懲罰的で厳しく、母親が抑鬱的であったことを想起するが、感情が伴わない。
 愛情を撤去されないためには刺激が必要。
 スーザン自身の現実認識を中断させ、母親の精神病的な現実認識を受け入れ共生的結び付きを強める。

 自分が感じたことを客観的な事実として主張
 上司が自分の配置替えの希望を、適任でないとして断ったことを、自分を困らせるためにやったのだと思い込む。

→「実際に適任でないのかもしれない」と直面化
 撤去型部分単位強まる。「知性化・操縦」から「抑鬱・怒り」。
 スーザン「先生は元気付けてくれない。私には感情がない。一人ではできません」
  (幼児期の母親との相互関係に根差すもの)
ファンタジー「先生をめちゃくちゃにしてやりたい」
 否定的な自己イメージの出現。「野球のバットで打たれた猫」

「感じたことを客観的な事実と思い込むこと」は、母親や治療者に飲みこまれないための防衛。

→面接週2回から3回へ。防衛に対する治療の圧力増す。
 徹底操作段階への移行。

 分裂と行動化による防衛 (Distancing)
 恋人を作り関係を持つ。「恋人はセラピーに反対している」とThに言い、Thが関係に反対するのではないかと予測する。
 恋人(よい対象)←−→治療者(悪い対象)

 防衛の効果  撤去型部分単位(否定的自己イメージ)の消滅。

→男性との関係に賛成も、反対もしない。
 8週間後 スーザン「自分を犠牲にしてきた」
 治療者はつきあい方が破壊的であることを指摘。
      スーザン「治療者はつきあいに反対している」

 夢2・・・「釣り糸で猫に餌をやるが、他のことをしているようにふるまう」

行動化の解釈
  治療者:面接で悪い自己イメージと対面してそれについて語るのがいやなので、防衛して、そのつきあいを始めた。
  スーザン:怒る。「自分に無理矢理何かを強制している」
  治療者:指摘したことに直面するのがいやなので怒りをぶつけている。
   スーザン:泣く。「自分について抱いている悪感情はどうにもならない」
  「その悪感情を見つめるのは恐ろしいので、誰かにそばにいてほしい」

 夢3・・・「岸辺にいる子供たちが波にさらわれそうになるが、結局無事だった」
  連想:自分はこれまでのように、防衛的ではない。
     前ほど悪感情が恐くなくなる。
ファンタジー:治療者に攻撃され、「いうとおりにいしなければ、絞め殺す」といわれる。

「自分を責めないなら、どこからか不意に攻撃されるのではないか」

 夢4・・・いかだに乗って川を下り、くつろいでいるとインディアンが自分を殺しにくる。

 自分を物体と捕らえて、あらゆる感情を切り放していたのが、
 感情を吐きだすことで真の自己があらわれてくる。

1)自己イメージに関する悪感情の克服。
 2)男友達とつきあってどれほど自分をだめにしたか確認。
 3)精神科医の自殺を知って、治療者を気遣う。

母親を訪問。
 母親はスーザンに勉強を続けさせなかった。
 治療者:親はこどもに勉強させるもの
 スーザン:親は違った価値感を持っている。
 治療者:価値感の問題ではない。
 スーザン:母親は魔女のように自分や世間を特殊なやり方で見て、自分にもそれを強制。
  母親があまりにも大きく身近な存在だったので、判断できなかったし、許されなかった。

 夢5・・・昔見た反復夢。戸口に魔女がいてこわい。
  ファンタジー・・・庭にいる男の子達に襲われて、殴られる。

 母親との関係を探るにつれて、抑鬱・無力感強まり、母親への憎しみを言葉にするようになる。

 夢6・・・治療者・両親・スーザンがにいて、治療者が裸になり、私を刺激しようとパンティー・ストッキングをはく。解釈・・・先生のいうことがでたらめだったら良かったのに。

 同僚が怒ってしつこく攻撃してくるので、(母親にしたように)その人のいうとおりにした。
 自分の思ったとおりに行動したら殺されるんじゃないか。
不安高まり、おとこ友達の素晴らしさ、治療者がそれに対して嫉妬していると述べる。

直面化 1)男友達やセラピーに身を投げだすだけで、自分が充実することはない。
     2)母親の実態がわかって不安に教われたが、それを防衛するために自分を投げだそうとしている。
     3)分離不安に直面し徹底操作するためには逃げてはいけない。

  S:自分を主張することは恐ろしい。誰も自分を求めなくなるだろう。
 治療者:あなたも自由に感じたり、行動したりする権利がある。
S:自分が虫けらであることは事実。何を理解しどう変えろというのか?
(見捨てられ恐怖のため現実認識が歪む←−指摘)

 より現実的に。
 治療者のいうことを本当だと思うと、失望したときが恐い。


症例 マイケル・E (50 作家)

<主訴>
 抑鬱

<相談暦>
20代の時、4年間、30代の時9年間、精神分析を受ける。

<家族>
母親 彼を生んだことで、それ以上子どもを生めなくなり、彼を責める。
父親 自己愛型障害。ほとんどマイケルには注意を払わない。
兄  犯罪を犯す。

治療者に対して万能な報酬型部分単位を投影。


■共通の特徴
 周囲の雰囲気から期待をよみとり、カメレオンのように反応


2 境界人格障害
第7章 発達理論の改訂と最新の理論

■対象関係、表象

 対象 (Object) とはフロイトの用語で幼児が愛着を向ける対象をさし、普通母親を指すことが多い。幼児の対象関係は母親との共生からの分離・固体化のプロセスであるといえる。
 幼児はその機能の未熟さゆえに自分にとって快感を与えてくれる「よい母親」と、不満を与える「悪い母親」を同じ人物として統合できない。
 幼児の心の中では実際の母親とは異なった、「よい母親」イメージと「悪い母親」イメージが全く別のものとして存在しているかのようである。
 こうした心の中のイメージを精神分析的な発達論では「表象 representation」と呼ぶ。対象のイメージなら「対象表象」、自分のイメージなら「自己表象」と呼ぶ。
 幼児の内的な世界では母親というひとりの人物が「よい母親」と「悪い母親」に分割された部分対象表象となっている。
 この部分対象関係が発達の過程で統合され、健康な成人の対象関係はアンビバレンスの統合された全体対象関係になる。


■RORUと病的自我の同盟(内在化された防衛)

高レベルの境界例。しがみつき転移。

WORUが内在化され、見捨てられ抑鬱を感じる。
   ↓
 RORUを投影。従順に振る舞い、相手が自分の投影に共鳴し、
 承認と支持を与えてくれることを期待する。
 <分離の否認。再結合幻想の行動化>
   ↓
  見捨てられ抑鬱の軽減。

 病的自我の支配下で、退行的、自己破壊的に振る舞う。


■WORUと病的自我の同盟(外在化された防衛)

 低レベルの境界例。距離をとる転移。

 WORUを行動化によって周囲の人物に投影。
 知性化。妄想的態度。歪んだ現実認識。

 患者が撤去型対象表象の役割をして、治療者に「見捨てられる自分」を投影することもある。

 男根・エディプス期 前性器期の葛藤とエディパルな葛藤が圧縮し、サド・マゾ的な性適応を行う。
  潜在期      昇華・必要な適応技術の失敗。
  青年期       退行的に回避。症状の出現。


■直面化

患者の反復強迫 神経症 葛藤の克服
          境界例 分離不安と見捨てられ抑鬱の回避

 患者に治療者自身の現実認識を与え、患者の治療者への同一化を促すことによって、患者に現実認識の修復を開始させようとすること。

 患者の分裂対象関係と病的自我の同盟の働きを自我異質化させ、患者が否認している行動と感情状態の破壊的な側面に直面させる。

 治療者の中立で客観的な感情的距離の必要性

 抵抗・行動化 → 直面化 → 見捨てられ抑鬱 → 防衛・抵抗・行動化

 しがみつき転移
  面接内外で示される破壊的行動への否認への直面化

 距離をとる転移
  治療者に向けられる否定的、敵対的投影への直面化

 直面化が取り入れられ、統合されると回避、否認が克服され以前は生じなかった葛藤が生じる。患者は自らの行動の破壊性を認識する。



第8章 臨床像

症例 フレッド (20)

 低水準の境界例抑鬱と学業困難のために休学。別の大学に入り直すが、無気力になり再び休学。
3人兄弟の末子。28歳の姉は精神療法を受けている。

<精神内界構造>
 WORU
  部分対象表象 攻撃的な母親と引きこもりがちな父親のふたつのイメージが圧縮
  部分自己表象 見捨てられてもしかたのない人間
  伴う感情   見捨てられ抑鬱

 RORU
  部分対象表象 受動性に報酬を与える父
  部分自己表象 従順な子供
  伴う感情   快感

 「自分というものを放棄し、受け身で従順であれば、父は自分を愛し、保護してくれるだろう」
 病的自我と同盟し、父親との再結合を求めるために、回避、抑制、受動といった防衛機制による現実否認を行っていた。
 活動、攻撃、怒りはWORUを活性化するので抑制されなければならない。

<治療経過>
 RORU 父親に投影
 WORU 治療者に投影。
      情緒的な結びつきを満たしてくれない父親への憤怒。

 治療者の直面化によって、患者はRORUを活性化させ、面接で極めて強い受動性を示す。(治療者に支配され、支持、指導、助言を得ることを望む)

 治療者は患者の受動性を直面化し、患者が受動性によって防衛していたWORUの基底にある怒りが活性化し、患者は「ちっとも助けてくれない」と治療者を責める。

 治療者は治療契約の現実性を強調。
 「なぜ現実制限が大きな意味を持ち、患者を狼狽させるのか」と直面化。

 患者は分割によって父を理想化し、治療者と対比する。
 患者はファンタジーと現実、過去と現在を区別できない。

 治療者は中立性を保ち、RORUに共鳴せず、患者の怒りゆえに患者をこばむこともなく、現実制限を強化していった。
 週3回の面接を10カ月続けて、徐々に治療同盟が形成され転移性行動化は減少し、患者は大学に復学した。

症例 レスリー (19)

 大学1年。高校時代は優秀な生徒。主訴;抑鬱と恐怖発作。
 3人同胞の第2子。父は抑鬱ぎみで時折かんしゃくで患者を攻撃。母親は父親のお母さん役。

<精神内界構造>
 WORU
  部分対象表象 患者を利用し、残酷に当たり、患者の無力感と依存をもてあそぶ。
  部分自己表象 不適切、無価値、罪深く、虫けら同然。

 RORU
  部分対象表象 患者を死から守ってくれる強くて理想的な母親。
  部分自己表象 無力でしがみつく子ども。
  伴う感情   快感

境界例3者組>
 防衛 固体化の回避。分離の否認。しがみつき。受身の行動。
    RORUと病的自我の防衛


第9章 治療同盟、転移性行動化、転移

 治療同盟
  意識的なもの。治療という課題に治療者、患者が共同して取り組めること。
基本的な信頼感によって形成される自我機能が必要とされる。
 例)不安、抑鬱、葛藤、分離不安などへの耐性
   現実吟味能力
   内界と外界を区別する力
 境界例の治療では、治療同盟はもろく、崩れやすい。同盟をつくること自体が治療の目標になる。

 転移
  無意識的なもの。患者が過去の重要な人物に感じていた感情や、未解決な幼児的ファンタジーを治療者に置き換えること。
  治療者と患者の関係は全体対象関係である。

 転移性行動化
  境界人格障害の治療において生じる。治療者との関係は部分対象関係。幼児的なファンタジー自由連想で語る代わりに、行為の中で表現し反復する。
  分裂した対象関係部分単位を治療者に交互に活性化し、投影する。


  転移性行動化に対して、治療者が直面化を行い、患者がこれを統合できて自分の行為の破壊的側面に気づき、行動化によって情動を発散することをやめれば、面接の中で情動が想起され、徹底操作の段階に進むことになる。

 治療者にWORUを投影すると、患者は治療を見捨てられ感情を引き起こすものとみなし、治療の有効性を否認して、WORUの行動化を続けるか、RORUを防衛として活性化させる。
 RORUの投影により、患者は快よい感じになるが、病的自我の支配下で退行的、自己破壊的に行動する。

■治療同盟

 病的自我と同盟したWORU、RORUによって動機づけられた転移性行動化を、直面化によって自我親和的なものから、自我異質的なもの(転移と治療同盟)に変える。

肯定的外在対象である治療者の内在化によって形成される。
境界例は他者の撤去反応や報酬反応に過敏なので、転移性行動化は治療開始より極めて活発になる。

治療同盟が形成されれば、RORUと病的自我の同盟は弱まる。そうすると見捨てられ抑鬱が生じるので、治療同盟に対する抵抗が起こってくる。

治療関係における信頼の必要性、機能、価値を治療者が具体的行動で示す必要がある。

自我異質的になった古いRORUと病的自己の同盟の中の自己像をニックネームで呼ぶ。


■治療の枠組みの設定

 治療構造、治療契約の重要性(事故や不測の事態を含めて)
  転移性行動化に備える。

 境界例の治療動機は幼児期に剥奪されたものをファンタジーの中で受けようとする願望から生じることが多く、治療者にさまざまな操作を仕掛けてくる。

 治療者をRORUに共鳴させようとする。(ファンタジーを満たす)
  例)治療者が不必要な割引料金を設定したりしてしまう。

 治療者をWORUに共鳴させようとする。(憤怒のはけ口にする)

 著者は患者の電話には、他の患者の面接中でも、自分で出ることにしている。
  患者の不安を低下させ、操作を防ぐ。
  面接中の患者には、必要な時に治療者が応えることを伝え、治療者が患者のもの であるというファンタジーに共鳴することを防ぐ。


■考察

 治療初期の介入はリミットセッティング、治療同盟の形成を目指した直面化が中心になるが、患者の歪みへの挑戦と問題提起にとどめるべき。治療後期に防衛、転移性行動化を解釈することが可能になる。

境界例治療のポイント
・治療同盟の強化
・分離固体化問題の徹底操作
 分離固体化のためには治療者のサポートが必要。
・治療者の人格
 治療者は全体対象関係に対する十分な能力を身につけていることが望ましい。
 少なくとも治療者自身のしがみつきや距離をとる防衛を自覚することが必要。


第11章 「復讐衝動を克服することの役割」

 復讐衝動の克服=徹底操作期の最重要課題
 復讐衝動;「負わされた傷を他者に加えて快感を得ることによって復讐するという衝動」
 境界例患者は過去の愛情剥奪による精神的外傷を、現在の中に再現して乗り越えようとする。弱く、小さく、無力であった人間が、強く、能動的になり処罰を図り、過去をなかったものにしようとする。


第12章 「治療の終結

境界例の患者の終結の難しさ
 ・終結という課題自体が、患者の分離ストレスへの対処能力が改善しているかどうかを試すことになる。
 ・病的な依存欲求の克服。
 ・治療によって対象に過剰備給されていたリビドーを自己へと向け、自己表象と対象表象を分離できるようになる。

■治療失敗例の終結
 ・操作的な患者
  治療者がRORUに共鳴し、改善しないまま治療を続ける(関係の嗜癖化)。治療者が制限を加えれば、患者は興味を失って治療をやめてしまう。
 ・距離をとる防衛を使う患者
 治療者との分離ストレス、呑み込まれる不安によってWORUが活性化され、距離をとる転移が生じ、治療中断という形で行動化する。
 ・治療外の対人関係で行動化する患者
 治療関係で生じる見捨てられ抑鬱を薄めるために、治療外の対人関係にしがみつく対象を求める場合。
 ・両親への依存が強い患者
 両親の自己愛欲求に合わせてしまい、両親が治療を継続しないとそれに従ってしまう場合。

■成功した治療の終結
逆転移

第13章 「補遺」

境界例の治療における3つの臨床的転機
 ・自己親和的であると感じていた病的自我機能が、自己異質的なものと感じられる時。
 ・徹底操作期に、復讐衝動を克服しようとする時。
 ・取り入れられた治療者イメージからの分離不安を特定し、徹底操作する時。

自己愛人格障害における3つの臨床的転機
 ・試験期に対象関係融合単位の防衛機能を患者が認識しはじめるとき。
 ・徹底操作期に攻撃的な対称関係融合単位と、見捨てられ抑鬱と、断片化した自己に徹底操作を行うとき。
 ・終結期に治療者からの分離や、自律的な自己表象を達成することに伴う不安を徹底操作するとき。

自己愛人格障害境界例治療上の過ち
1)前エディプス期の問題ととらえるが、臨床的介入を境界障害トライアドに結びつけない。
  症例シャルロット
  境界例。WORUが活性化されるが、直面化がなされない。

2)前エディプス期の問題ではなく、エディプス期の問題と考える。
 転移と転移性行動化の違いがわからず、直面化より解釈を用いる。

  症例シャーリー
  境界例。分析医はシャーリーの性的行動化をエディプス葛藤と考え、解釈を行った。実際はRORUが父親に投影され三者関係に見えていただけで、実際は二者間系の問題。

  症例ジョン (48)
  自己愛人格障害。週4回8年の精神分析にもかかわらず改善せず。
  自己愛人格障害の治療者との間で自己愛的満足感を共有。

■より指示的な治療法
 社会生活機能の改善に役立つが、個体化を妨げる。
 境界例では報酬型対象関係部分単位が活性化。
 自己愛人格障害では防衛的融合単位が活性化。

■その他の反論に対して
・カーンバーク
 (批判1)「単純化しすぎ」
−→ 境界障害トライアドの臨床的特性を理解していない。
 (批判2)「指示的で患者の個体化を妨げる」
−→ 直面化と支持は必ずしも、指示を意味しない。
・ガンダーソン
 見捨てられ抑鬱が実際に存在するかどうかの研究にとりくむ。
−→ 見捨てられ抑鬱は、徹底操作期に防衛が徹底操作されるときに初めて現れる。

■精神療法の目的
 見捨てられ抑鬱の徹底操作。発達停止の克服。個体化。
 治療関係は共生期から分離−個体化期にかけての母子の最も望ましい情緒的相互作用に類似した形で、患者の治療欲求と結びつく。
 治療者は患者にとっての肯定的取り入れの対象。