精神疾患はつくられる/Herb Kurchins & Stuart A. Kirk

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 原題は"Making Us Crazy" Us は United States にかけている。アメリカ精神医学会の診断基準DSMがいかに政治的な思惑によって拡張されているかを告発する書。アメリカ国立精神保健研究所の調査によれば、アメリカ国民の24.1%は1年間のうちになんらかの精神症状に罹患するという。DSMが診断基準にありふれた行動のチェックリストを用いているために、「精神疾患」はどんどん領土を拡大しつつある。しかも、その拡大に当たって、さまざまな団体の外圧が影響してくる。例えば、同性愛を精神障害からはずすに当たっては、精神分析排除という政治的意図や当事者の運動、精神科医の中からのカミングアウトなどいろいろな要因が絡んだ。
 同性愛を精神障害として扱えと主張する NARTH http://www.narth.com/ のウェブサイトは以前見たことがあった。同性愛のDSMから外すという政治的判断の火だねがこんなところに残っていたということが初めてわった。この書籍に載っている NARTH の主張「DSMではペドファイル精神障害にならない。(だから基準としてよくない)」を読むと、純粋科学的な知識だけで異常正常の区分はできないとういう社会構築主義の考え方もうなずけるところがる。ペドファイルの「人権」問題については呉智英さんがどこかで書いてた・・・
 退役軍人の団体からの圧力で成立したPTSDが、被害者のための診断に変化していったこと、フェミニズム・被害者問題と最終的には認められなかったマゾヒスティック・パーソナリティ障害、対立案としての男性ステレオタイプのパーソナリティ障害である、妄想優位型パーソナリティ障害、そして専門の精神科医でも25%の実験群(健常者)を確定診断してしまう境界パーソナリティ障害・・・はては境界パーソナリティ障害に脅かされることで精神科医が患者と性的関係を持ってしまうと主張する論文、奴隷制がアフリカ系の人々のメンタルヘルスによいと主張する論文・・・
 さらに決定的に問題なのはアメリカのマネッジド・ケアシステムがDSM診断によって保健の適応を決めるため、従来であれば守秘義務で守られていた情報が保険会社を始め様々な外部機関に流れているという。しかもその情報は保健の適応を求めるために誇張されている・・・
 DSMの暗部を知るには読んでおいた方がよい本。

  • ゴールドウォーター・ルール アメリカ精神医学会は精神医学の政治的利用を防止するために、精神科医が診察していない人物に関して専門的意見を禁じた。
  • エロトマニア クレランボー
  • gross stress reaction 粗大ストレス反応 → 不快ストレス反応 訳語がたくさんあって迷うときは英英辞典を見るに限ります。Cobild では gross = unacceptable or unpleasant to a very great amount, degree, intensity の一義だけ掲載されています。gross stress reaction の定義は "acute psychological responses to stressors that occurred in an otherwise normal individual following exposure to an extreme stressor that would be traumatic for almost anyone and that rapidly resolved following cessation of the stressor" http://ajp.psychiatryonline.org/cgi/content/full/156/3/349 と言うことなので、ストレスが誰にとってもトラウマティックだということを表しているのだと思います。「粗大」はやっぱり誤訳でしょう。

精神疾患はつくられる―DSM診断の罠
精神疾患はつくられる―DSM診断の罠ハーブ カチンス スチュワート・A. カーク Herb Kutchins

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