著者自身の修復のプロセス 「犯罪・災害被害遺族への心理的援助―暴力死についての修復的語り直し/E.K.ライナソン」

 筆者は精神科医だが、自分自身がうつ病となった妻の自死を経験している。本書は自死・犯罪・災害遺族の修復的な語り直しをテーマにしたものだが、この本の執筆自体が著者の妻の死に対する修復的語り直しであるというところが、文章に臨場感と緊張感を与えている。
 著者は災害遺族の事例として第二次世界大戦中ボストンで起きた400名を越える死者を出した、ココナッツグローヴ火災の被害者を扱った二つの事例論文を比較している。 
 アルフレート・アドラーの娘であるアレクサンドラ・アドラーは患者の外傷体験を軽視し、適切なPTSDとしての対応を怠った。一方、エリック・リンデマンは精神療法的接近を試みたものの患者の妄想的なレヴェルにまで達するような罪責感のためにコミュニケーションが成立せず、結局患者は自死へと至ってしまう。筆者はアドラーの外傷体験の軽視、リンデマンの心的要因へのとらわれをいずれも批判し、電気ショック療法の適用を示唆する。
 そこにはおそらく精神科医として妻を死なせてしまったという罪責感と、しかしそれを専門家として客観視しようというぎりぎりのせめぎ合いがあったものと想像する。
 遺族のためのサポートグループ、修復的語り直しグループの実施も興味深い。


 翻訳に関して、"Violent Death" を「暴力死」として訳しているが、日本語のイメージからすると犯罪被害にしか結びつかないような気がする。ここでは "violent" は文字通り、「激しい」死であって「変死」「不自然死」などの訳の方がよかったのではないか。それと筆者にとって最も中核的な問題であったはずの「自死」がタイトルから抜け落ちてしまったことには納得がいかない。

犯罪・災害被害遺族への心理的援助―暴力死についての修復的語り直し
犯罪・災害被害遺族への心理的援助―暴力死についての修復的語り直しE.K.ライナソン

金剛出版 2008-09-27
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