『「臨床心理学」という近代』批判のために社会学の「心理学化」問題スタディ中。
カルチュラル・スタディーズ/臨床社会学(言語の成立に関わる「否定」の作用と他者について
若者たちのポストモダン的共同性
テレビと若者たちのコミュニケーション ほか)
宗教の心理学化(自己啓発セミナーの困難
自己啓発セミナーと『エヴァンゲリオン』
「社会の心理学化」と臨床社会学 ほか)
ジェンダーと精神分析(『源氏物語』における女性性について
新宗教の女性教祖と日本近代国家)
ラカン派社会学を名乗るだけあって、中身は怪獣、違った晦渋。
若者集団への考察でビオンを取り上げているけれど、グループ性善説であるエンカウンターグループと、性悪説である基底的想定集団をまぜこぜに書いてあるのには疑問。基底的想定集団を「純粋集団」と言い換え、集団の「純粋化」を語る視線もビオンとは逆のように思う。
また精神疾患、発達障害を持つ人々を「愛を感じる構造を持たない自閉症者、精神病者」と正常から囲い込んでいくやり方は感心しない。
自己啓発セミナーには参加したことがないからよくわからないが、治療的グループの場合、リーダーへのチャレンジが難局でもあるがグループ成長の鍵でもある。自己啓発セミナーでは階層的な対人関係によってリーダーへのチャレンジは回避される仕組み。
TV版エヴァンゲリオンの最終回を、自己啓発セミナーに例える人は多い。筆者はエヴァではシンジの選択の自由が保証されているという点で自己啓発セミナーとは異なるという結論には賛成。より本質的な違いは最後の場面でシンジを祝福するエヴァの登場人物は現実の外的対象ではなく、内的対象、いわばシンジの分身であるという点だろう。
筆者の主張ではロジャーズ派のカウンセリングがマイルド的過ぎたので、人々がニューエイジに走るという構造があるんだけど、ロジャーズにはエスリンなどの影響からニューエイジ的な側面も結構あると思う。最終的にはフリーセックスに行ってしまったわけだし。
第10章「社会の心理学化」と臨床社会学
「心理学化する社会」の臨床社会学 | |
樫村 愛子 世織書房 2003-06 売り上げランキング : Amazonで詳しく見るby G-Tools |